Masukルナフレアに着替えを手伝ってもらい、カリナの準備は完了した。自室で彼女の準備を待つことにしたのだが、「すぐに行くので城の入口で待っていて下さい」と言うので、カリナは独り城の入口を出て待っていた。
晴れ晴れとした良い天気である。見張りの衛兵に挨拶をし、軽く会話を交わす。
「カリナ様、今日はおめかしをされてどこかへお出かけですか?」
「ああ、ちょっとギルドまでね。それと城下でショッピングとかもしてみたいと思って。どこか美味しい店とかあったら教えてくれないか?」
「それでしたら、商業区にあるアンティークというお店がお洒落で人気がありますよ。普通の食事にデザートやお酒まで揃っています。ってカリナ様にはお酒はまだ早いか」
そう言って若い衛兵は笑った。確かにこの見た目ではアルコールを飲むのは止められそうである。中身は成人男性なのだが、アバターの見た目に周りの反応が引っ張られるのは仕方がないことだろう。
「だとしたら、私は一生お酒が飲めないのでは……?」
PCは肉体の変化がない。カリナはずっと今の小柄な少女の見た目のままなのである。これにはさすがに肩を落とした。
元々リアルではスポーツ好きな健康な男である。酒も煙草もやらない。そう考えるとそこまで深刻な問題ではないのかもしれないが、大人数で宴会などがないとも言えない。そのときに独りだけちびちびとソフトドリンクを飲むのは何だかもの悲しいとは思った。「まあまあ、カリナ様もその内成長しますから。そのときにお酒を嗜んでみてはいかがですか?」
成長しないんだよなぁ……。カリナはそう思いながら衛兵の言葉に相槌を打っておいた。
「今日はお一人ですか?」
「いや、従者のルナフレアと約束している。今は彼女の準備を待っているんだよ」
「ああ、あの綺麗な妖精族の。いいですよね、滅多に外では見ないけど我々の間では人気ですよ。あの神秘的な雰囲気がいいですよねー」
自分の知らないところでルナフレアが人気者になっている。まあ買い出しなどがあれば彼女も城下に出ることもあるし、城内を歩くこともあるだろう。カリナは自分の侍女が密かな人気があることに嬉しくなったが、変な虫がつかないようにも注意しなければならない、と勝手に思うのであった。
衛兵の青年と話していると、内側から城門が開いて、中からルナフレアが現れた。そしてカリナはその姿に目を奪われた。
白い清楚なロングのワンピースに薄い水色のカーディガンを羽織り、黒に白いフリルを施した日傘を差した彼女は誰もが足を止めて二度見してしまうような美しさと清潔さを醸し出していた。
「すみません、カリナ様。お待たせしてしまいましたか? いざ着替えるとなるとなかなか決まらなくて……」
カリナも衛兵の青年もルナフレアの姿に見入っていた。
「ああ、いや、そんなことないぞ。丁度そこの衛兵と世間話をしていたし、いいお店も紹介してもらったしね」
「そうですか? あの、それで、どうですか? 私の格好、変じゃないでしょうか?」
「ああ、いや、凄く似合って……」
「とても似合ってます! いやーこんな美人の私服を見れて満足です!」
カリナが感想を言おうとしていたのを衛兵の言葉が遮った。まあ、興奮する気持ちはわからなくはない。カリナも内心その美しさに言葉を失ったからである。
「あ、あはは、ありがとうございます。でも私はカリナ様の意見を聞きたいのですが」
その言葉に青年はがっくりとうなだれた。これは厳しい。彼女には全く眼中になかったのであろう。だが、この態度なら悪い虫などつかないだろうとカリナは安堵した。
「で、どうですか? カリナ様」
「うん、凄く似合ってるよ。白いワンピースが清楚さを表現してるし、水色の薄手のカーディガンが白によく映えている。日傘もお洒落で服装にマッチしてるし、文句なしに満点だな」
正直女性の服装にそこまで詳しい訳ではないが、カリナの口からは彼女を褒める言葉がスラスラと出て来た。お世辞なしの素直な感想だった。
「まあ、それは嬉しいです。では参りましょうか。先ずはギルドに用事があったのですよね?」
「ああ、じゃあ行こうか」
ルナフレアは左手に日傘を持ち、空いた右手でカリナの左手を取った。
「ああ、何て羨ましい……。では気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ありがとう、教えてくれた店にも行ってみるよ」
衛兵の羨望の眼差しを受けながら二人は城下へと歩み出した。
◆◆◆ 城を出てから東にある商業区に向かう。綺麗に舗装された道なりに様々な店舗が立ち並び、華やかな印象を受ける。冒険者用の武器防具屋、レストランにファッションショップや小物店など、多種多様なお店が存在している。且つてはここまで賑わってはいなかった。この100年の間にNPCが普通に生活を営む現実の街のようになっていたのである。
「これほど賑わっているとはなあ。カシューは頑張っているんだな」
「ここには私もよく食材などを買いに来たりもしますよ。いつも賑わっていて活気があって好きです。あ、そろそろギルドに着きますよ」
大通りを歩いていると一際目立つ大きな建物が目に入った。入り口には「ギルド総合組合」と書いてある。以前は冒険者ギルドだったのだが、どのように変わったのだろうかとカリナは頭を捻った。
「以前は冒険者、製造、商人などのギルドが別々になっていたんですが、各々が相互に関係する依頼があるので、ややこしいということで一つの建物に全ての機能を統合したということらしいですよ」
ルナフレアの説明を聞いて、カリナはなるほどと思った。各種ギルドの依頼が一箇所に集まれば、逐一別のギルドへ足を運ぶ必要もなくなる。
「そうか、それで昔のギルドカードが今は使えなくなったと。だったら仕方ないのか」
「そういうことになるんでしょうね。だから今のカードは全ての機能を統合したものになっているはずですよ」
「なるほど、まあとりあえず入ってみようか」
ギルドの両開きの大きな扉を開けて中に入ると、周囲の目線が一瞬にして二人にくぎ付けになった。小柄だがファンシーな衣装を着たとんでもない美人と、清楚な格好をした淑女を体現したかのような美女である。「何だ何だ?」「あの美人なお嬢さん方は誰だ?」と、そこかしこで噂話がされているのが聞えて来る。どうにも居心地が悪くて、カリナはさっさと冒険者ギルドの受付を探すことにした。
「ギルドへようこそ。初めての方ですか? どちらの組合に御用ですか?」
ミニスカートのメイド服に似た接客服を着たショートカットの女性が話しかけて来てくれた。
「ああ、冒険者のギルドに用事があってね。それにしてもここは広いな……」
「そうですねー、入り口から左から商業ギルド、製造者ギルド、採集関係、その隣はレストランで、一番右奥が冒険者ギルドになっていますよ。それにしてもこんな可愛いお客さんが冒険者なんて珍しいですねー」
「説明ありがとう。じゃあ右奥のカウンターでいいんだな。それにしても珍しいものなのか?」
「そりゃあ、冒険者なんて荒くれ者が大半ですからねー。こんな可愛い女の子が冒険者なんて珍しいに決まっていますよー」
笑いながら従業員が話す。まさかよくある変な冒険者に絡まれたりしないだろうな、とカリナは少し気を引き締めた。
「カリナ様は可愛らしいですからね。そんな方が冒険者なんていうのは確かに珍しいかもですね。ともあれ、陛下からの用事もありますからさっさと向かいましょう」
「ああ、そうだな」
「じゃあご案内しますね」
従業員に案内されて右奥のカウンターへと向かう。その途中でギルド中のテーブルに腰掛けていた冒険者達がカリナ達をジロジロと見た。絡まれるようなことはなく、寧ろ彼女達の美しさに目を奪われていたという感じであった。
「はい、ここがカウンターです。ではまた。何か注文がありましたらいつでもお呼び下さいねー」
従業員は明るく言うとホールの方へと戻って行った。周囲を見ると、訪問者達は何かしら飲み食いしている。色々な機能が詰まっていて便利だなとカリナは思った。
受付に立つと中から受付嬢の制服を着た女性がカウンター越しにやって来た。「こちらは冒険者ギルドの受付です。私は受付嬢のアナマリアです。以後お見知りおきをお願いしますね。今日はどういったご用件でしょうか?」
快活な印象の女性が出迎えてくれた。先ずはこれまでのギルドカードを見せてみる。
「新しく登録したいんだけど、Cランク以上ないと他国には仕事で入れないと聞いたからね。それとこのカードはもう効力はないってのは本当なのか?」
古いギルドカードを受付嬢に渡す。Aランクの記載があるそれをじっと見るアナマリナ。
「これはかなり古いものですね。過去にギルドが個別に設置されていた頃のものですよ。悪魔襲来があって多くの犠牲が出たためにギルドの構成を見直して一から作り直したんです。もうこれは効力がありませんね……」
カシューから聞いてはいたが、苦労してAランクまであげた証拠が紙くずになってしまったショックは大きい。
「では新規での登録になりますが、それだとFランクからですね」
やはりそうなるか。だがそれは想定内である。そこでカシューから渡された書簡を見せる。
「これの中身を見て欲しいんだけど」
「はい、え?! この印はカシュー国王陛下からの書簡?! ちょっ、少々お待ちください!」
書簡を手にしたアナマリアはバタバタと奥に走って行ってしまった。
暫く待つと、奥からアナマリアが戻って来た。
「特殊な事例なので、ギルマスが面会されるそうです。なので此方の扉から奥の部屋にどうぞ」
並んだカウンターの真ん中にある扉をアナマリアが開けてくれて、二人はそこからギルドの奥へと入って行った。
そこには待合室の様な造りの豪華な部屋があり、そこのソファーに腰掛けていた壮年の男性がカリナ達を出迎えてくれた。案内してくれたアナマリアも同席することになった。
「これはこれはよく来てくれましたな。カーズ王国騎士団長の妹君カリナ様。私はここの冒険者組合のギルドマスターを務めているステファンと申します。あなたのことは陛下からの書簡から知りました。他国への任務に赴くために特別にCランクを与えて欲しいとのことでした。なるほど、陛下からのお言葉であれば断ることはできませんね」
さすがカシューである。根回しはバッチリであるように思われた。カリナとルナフレアは嬉しそうな顔をする。
「しかしですな、いくら陛下の頼みとは言えこれまで任務を苦労してこなして来た他の冒険者達には申し訳が立たなくなるのです。カリナ様は召喚士と魔法剣士であると知りました。ですが召喚士は今や目にするのも珍しい職業です。その実力がどのようなものなのかを見極めなくてはなりません」
召喚士が絶滅危惧種で珍しいというのは聞かされている。だが力を示せとはどういうことであろうか。
「カリナ様は偉大な召喚士です。ギルドマスター、あなたのその発言は陛下への反逆とも捉えかねないものですよ!」
ルナフレアが珍しく感情的になった。使える主君の力を疑われて頭に来たのだろう。だが、カリナはこのステファンの言うことも間違っていないと感じた。国王の意見一つでランクを好きにいじられてはギルド側も困惑するだろう。
「これは証拠にならないか?」
カリナは過去のAランクのカードを見せた。それを手に取り、ステファンはふむふむと何か考えているようだった。
「過去のカードとはいえ、元々Aランクの実力はあると……。それでは此方が用意した冒険者と模擬戦を行ってもらえますか? 相手はBランクギルドですが、元Aランクならば楽勝でしょう。どうされますか?」
「あんたの言い分も分かる。それに特別扱いは周りの連中も納得はしないだろうしな。私もそれだとあまり気分が良くない。だったらちゃんと実力で証明するよ」
カリナの返事にステファンはニヤリと笑った。ルナフレアは融通が利かないギルマスにイライラしている様だったが、カリナが実力を示せば何の問題もないことがわかり、安心したようだった。自分が仕えてきた人物は、その辺の野良冒険者などに負けるはずがないからである。
「カリナ様の慈悲深さに免じて反逆罪は通達しないでおきましょう。ですが、後悔しても知りませんよ。私の主は凄まじい強さですからね」
「ああ、誰でもいい。さっさと始めよう。この後は彼女と用事が詰まっているんだ」
そう言うと左拳を右手の掌に打ち付けた。
「わかりました。では模擬戦をやりましょう。アナマリア、グレイトドラゴンズを呼びなさい」
ああ、冒険者グループのギルド名ってことかと理解したカリナは、同時になんてダサい名前なんだと思った。
模擬戦が幕を開ける。
疲労で仰向けに倒れ込んだカリナは、まだ明るい空を見上げていた。VAOがゲームのときは、その中でいくら身体を動かしても、実際には現実の身体を動かしてはいない。そのため、長時間のプレイで精神的に疲れることがあっても肉体に疲労感を感じることなどなかった。しかし、今のこの世界は現実世界と何ら変わりない。身体に感じる疲労感がそのことを物語っていた。「長時間の戦闘には気を付けないといけないな……」 危険な攻撃を躱す瞬間に擦り減る神経。接触した際に響く衝撃。敵を斬り裂き、殴り飛ばす時に感じるリアルな感触。どれもが僅かだが、少しずつ疲労を蓄積させる。ゲーム内でのステータスは今は見えないが、これまでに鍛え抜いた力があるだけに、現実世界で急激な運動をしたとき程の負担がある訳ではないが、ある程度の自分の限界は見定めておくべきだと思うのだった。 深呼吸をしてから、ゆっくりと立ち上がる。身に纏っていた聖衣が解除され、ペガサスの姿に戻る。同時に二対の黄金の剣に姿を変えていた蟹のプレセペも元の姿に戻った。「ご苦労だったなお前達、また力を貸してくれ」 ペガサスの頭と巨大な蟹の甲羅の背中を撫でる。「所詮は伯爵レベルよな。我の力があれば主も余裕であっただろう。では次の機会を楽しみにしているぞ」 大口を叩く巨蟹のプレセペ。二体の召喚獣は光の粒子に包まれて消えていった。その光が空へ向けて霧散していくのを見守っていると、魔物の討伐を終えたワルキューレの姉妹達が、カリナの下へ集結して来た。「主様、討伐完了致しました。目に着いた怪我人も我々が治療しておきました。燃えていた建物も、ミストの水魔法で消火済みです」 その場に跪いたヒルダが報告する。「そうか、よくやってくれた。感謝する。ありがとう。お前達の御陰で被害は少なくて済んだみたいだな」「私達を即座に現場に送り込んだ主様の判断の御陰ですよ。私達はただ任務を熟したに過ぎません」 黒髪のロングヘアが美しいカーラが答える。「それに私達にはそれぞれ得意な属性があります。それを上手く分担したまでですよ」 金髪のエイルが胸を張った。 ワルキューレまたはヴァルキュリャ、ヴァルキリー「戦死者を選ぶもの」の意は、北欧神話で戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性、及びその軍団のことである。 北欧神話において、ワルキューレは多数存在
悪魔が炎によって燃え尽きたのを見届けると、カリナはカシューに連絡を取った。「聞こえていたか、カシュー?」「うん、どうやら色々と考察する余地がありそうだね」 イヤホンの向こうから、真剣なカシューの声が聞こえる。「先ずは奴の言っていたことが気にかかる。近くの街はチェスターだ。情報通りならそこに悪魔が向かっていることになる。私は急いで戻る。そっちからも援軍を出してくれないか?」「わかった、戦車部隊に戦力を乗せて全速力で向かわせるよ。それなりの距離だから間に合うか微妙だけどね」「頼んだ。とりあえず一旦切るぞ」「了解、また何かあればよろしく」 カシューの返答を聞いてから、左耳のイヤホンに注いでいた魔力を切った。急いで街に戻らなければならない。意識を切り替えて、真眼と魔眼の効果を解除した。聖衣が身体から外れて、黄金の獅子のカイザーの姿へと戻る。「お見事でした、我が主よ」「いや、お前の力がなければ危なかったよ。ありがとう、また呼んだときは頼んだぞ。ゆっくり休んでくれ」 光の粒子になってカイザーは消えていった。そして湖の中から自動回復した黒騎士達が戻って来た。ヤコフの両親を運ぶのはこの騎士達に任せるとするかと考えていたとき、背後からシルバーウイングの面々が押しかけて来た。「やったな、まさか本当に悪魔を斃してしまうとは」「ああ、すげーぜ! こっちまで興奮してきた」 アベルとロックは単独で悪魔を撃破した少女に称賛の言葉を贈る。「ええ、召喚術ってすごいのね。しかもあの召喚獣を身に纏う戦い方なんて初めて目にしたわ」「しかも結局格闘術だけで押し切ってしまいましたね。魔法剣を使うまでもなかったということでしょうか?」 エリアとセリナも興奮が抑えきれないのか、矢継ぎ早に話しかけて来る。「あれは聖衣という召喚獣の力をその身に纏う鉄壁の鎧だ。あらゆる能力が著しく向上する私の奥の手だよ。召喚獣との信頼関係がないと身に纏うことはできないけどな」 剣を使わなかったのは、格闘術だけでどこまでやれるかという実験でもあった。生身の拳では致命傷は与えられなかったが、それなりに戦えることがわかっただけでも、カリナにとっては大きな収穫になった。「そうだ、ヤコフの両親の容態はどうなってる?」「出来る限りの治療はしたから一命は取り留めたわ。でもまだ意識
カリナの格闘術の一撃で怯んだ悪魔侯爵イペス・ヘッジナだったが、すぐさま体勢を立て直し、身体から黒い炎を撒き散らしながらカリナへと突進して来た。「おのれ、小娘がっ!」 振るった大鎌が空を斬る。カリナは大振りな悪魔の攻撃に意識を集中させ、瞬歩で即座に距離を取る。そこに生まれた一瞬の隙の間に懐に飛び込み、右拳での一撃をどてっ腹の中心部に撃ち込んだ。格闘術、烈衝拳。土属性の魔力を纏った、まるで鋼鉄の様に硬化された拳の一撃。悪魔の赤黒い鎧に僅かに亀裂が走る。 カリナは召喚術が実装されるまでは基本的に剣術と格闘術を中心に熟練度を上げていた。そこへ剣技の威力を上げるために魔法を習得した。魔法剣の習得は魔力の底上げとなった。それの副次効果で、魔力を帯びた特殊な格闘術の技能も全般的に威力を向上させることに成功したのである。「がはっ、何だ……? この威力は?!」「だから言っただろう。小突いただけだとな」「小癪なっ!」 力任せの大振りの鎌を瞬歩を使用して紙一重で躱す。そのまま一気に巨体の股の下を潜り抜けて後ろを取ると、背後から風の魔力を纏った左脚での回し蹴りを見舞った。格闘術、烈風脚。悪魔の背にある翼の付け根に繰り出した蹴りが撃ち込まれる。「がああっ!」 竜巻の如き強烈な蹴りに悪魔は仰け反るが、すぐさま持ち直し、黒炎を撒き散らしながら突進して来る。 イペスの攻撃は大振りで読み易いということを既にカリナは見抜いている。しかし、それでもその巨体から繰り出される攻撃は異常な破壊力を秘めており、一撃でもまともに喰らえばかなりのダメージを負うだろう。最悪骨の数本は持っていかれる。一撃も貰うわけにはいかない。スレスレで回避する度に神経が擦り減っていく。「があああっ!」 上段から大鎌を振り被った渾身の一撃を敢えて前方に踏み込み、懐に入るようにして躱す。そのまま空振りをした硬直状態の悪魔の身体を駆け上がり、眼前で左拳を振り被る。「格闘術、紅蓮爆炎拳!」 ドゴオオオオオオッ!!! 炎の魔力を纏った高熱の拳が炸裂すると同時に頭全体を巻き込んで爆発した。衝撃で痺れる拳の代わりに、悪魔は後方へと後退る。「ぐはあああああっ!」 それでもまだこの悪魔侯爵は倒れない。やはり高位の悪魔だけあって相当に打たれ強く頑強であ
「あ、戻って来た。カリナちゃーん!」 死者の間の祭壇から帰還して来るカリナを見つけたエリアは、カリナの方へ向かって手を振った。「もう用事は済んだのか?」 ロックは口に何かを入れた状態で、手にはサンドイッチが乗せられている。「ああ、一応な。ってなんだ、食事中だったのか」 持ち込んだ食材をセリナとアベルが料理している。それをヤコフを含めた他の面々が食べているところだった。エリアもアイテムボックスから次の食材を取り出しているところだった。NPCであっても冒険者はアイテムボックスを使うことができるのかということをカリナは初めて知った。 確かにこの迷宮に挑むとき、彼らは大した荷物を持っていなかった。それはこういうことだったのかとカリナは得心した。「食事は簡単なものだが、一応拘ってやっているんだ。冒険中には腹が空くこともある。食べるってのは活力を回復させるのには一番だからな」「そういうこと。まあそんなに手の込んだ料理は作れないけどね」 アベルとセリナは起こした火の上で薄い肉や野菜を焼いて、それをパンに挟んでいる。最初にロックが手にしていたのはこれだったのかとカリナは知った。そう言えば、もう迷宮に入ってそれなりの時間が経つ。昼を回っている頃だ。カリナは自分も多少小腹が空いていることに気付かされた。「ほら、カリナ嬢ちゃんも食べな。飲み物はお茶を沸かしてある」「そうだな、お前達が食べているのを見ていたら小腹が空いて来た。じゃあ頂こうかな」 アベルからサンドイッチとお茶を受け取り、地べたに座り込む。簡単な食事だが、活力が湧いて来るのを感じる。現実の冒険であれば当然のことだが、途中で補給を行う必要がある。VAOがゲームのときにはなかった現実的な問題である。これも世界が変わった影響で、今後もこういった発見があると思うと、カリナは内心ワクワク感が湧き上がって来るのを感じた。「ヤコフ、ちゃんと食べているか?」「うん、さっき貰ったから食べたよ。美味しかった」「そうか、良かったな」 魔物をヒルダが一掃したので、辺りにはもう何の気配もない。時間が経てばリポップすることになるのだろうが、暫くは問題ないだろう。渡されたカップに注がれたお茶を啜りながらカリナはそう思った。 食事を終え、少し休憩した後、一同は地底湖のある階層に進むことに決めた。普段は何も出現しない、鍾乳洞
迷宮の扉を開けて中へと入ると、地下へと続く広い通路に階段がある。そこを降って行くと迷路の様に広がる巨大な階層へと到達した。 VAOの頃からこの迷宮は地下7層まである。その下には地底湖が広がっていて調度良い休憩場所にもなっていた。そして7層にある死者の間には巨大な鏡があり、そこでは死者に会えるという設定があった。ゲームの頃にはただの設定だったが、今や現実となったこの世界では、本当に死者に会えるのかも知れない。カリナの目的の一つは、その鏡の前で過去に死に別れたある女性との再会が可能かどうかを確かめることだった。 一行が迷宮を進んで行くと、前方から魔物の気配が近づいて来た。「おいでなすったぜ、死者の迷宮の定番。グールにスケルトンだ」 ロックがそう言って二刀のナイフを抜く。他のメンバーも戦闘の準備に入り、襲い来る魔物達をなぎ倒していくのだが、カリナは後方でヤコフの側に白騎士を待機させて眺めていた。「張り切っているなあ。このままでは私の出番はないかもしれない」「カリナお姉ちゃんも戦いに参加したいの?」「うーん、あのぐじゅぐじゅしたアンデッドに関わりたくはないのが本音かな……。できれば触りたくない、臭い」 現実となった世界では、この死者の迷宮内部の腐臭は酷いものだった。鼻がひん曲がりそうである。アンデッドが湧き続ける限り、この悪臭が続くのかと思うと、気が遠くなりそうになった。それにこのまま素直に正攻法で攻略していては時間がかなりかかりそうである。ヤコフの両親の安否も気になるため、カリナは一気にこの迷宮の魔物を掃除することに決めた。 その場で両手を広げ、魔法陣を展開させて詠唱の祝詞を唱える。「遥かヴァルハラへと繋がる道を護る者よ、炎を纏う戦乙女よ、その姿を現せ!」 重ねた魔法陣が地面へと移動し、そこから白いロングスカートに全身鎧を身に纏った戦乙女、ワルキューレが姿を現した。「お久し振りでございます、主様。ワルキューレ、ヒルダ。ここに参上致しました」 戦闘を終えて戻って来たシルバーウイングの面々も初めて見る召喚魔法とその召喚体の美しさに目を奪われている。「ああ、久し振りだな。どうやら長い時間お前達を放置してしまったみたいだ。申し訳ない。いつの間にか時が流れていたみたいでな」「いえ、こうしてまた呼んで頂き光栄でございます。さて、此度の御用は如何なもの
宿の女将さんに教えてもらった防具屋に着く。まだそれなりに早い時間帯だが、その店は既に営業を開始していた。入り口の扉に「OPEN」と書かれた札が掛けられている。カリナがヤコフを連れて店に入ると、店の店主が声を掛けて来た。「おや、いらっしゃい。こいつは可愛らしいお客さんだ。もしかして冒険者なのかい?」 店主はどうやらドワーフのようで、恰幅の良い体格、言い換えればずんぐりとした小柄の体格に顔には立派な髭を蓄えていた。手先が器用な種族で鍛冶や生産などにその能力を発揮する。ゲームプレイヤーなら誰もがある程度は知っている知識である。 その店主は、まだ幼さが残る少女が小さな子供を連れて来たので驚いたのだろう。「おはよう。店主、済まないがこの子に合う防具を見繕ってくれないだろうか?」「まあ、客の要望だから応えさせてもらうが……。こんな子供を冒険にでも連れ出すつもりなのかい?」「少々訳ありでな。この子のことは私が守る約束だが、万が一に備えてね。どうかな?」「ふむ、客の事情には深入りはせん主義だ。子供でも着れる軽い装備を準備しよう」「話が早くて助かるよ」 店主はヤコフの身体をごつい手で掴み、素早く寸法を測り終えると、身体に合うサイズの軽いレザーアーマーを着せてくれた。頭にもなめし皮で作られた頑丈な皮の帽子の様な兜を被せた。さすがドワーフだけあって、皮の製品であっても硬く、防御性能は高そうである。この装備に依存する展開が来ないことが一番だが、念には念を入れてのことである。「これでどうだ? ウチでは一番小さいサイズだが、かなり硬くなめした皮で作っているから、多少の攻撃ではびくともしないはずだ」 鎧と帽子を身に付けたヤコフが鏡の前で自分の姿を見て確かめている。「すごいね、これ。硬いのに軽いから着ていても全然苦しくないよ」「そうか、ならそれにしよう。店主、値段は幾らだろうか?」「そうだな、本当は二つ合わせて8,000セリンだが、サイズが合う人間がいなくてな。もう売れないと思っていたから5,000に負けておくよ。それでどうだ?」「わかった、それで十分だよ。ありがとう」 カリナが代金を払うと、店主から「まいどあり」という言葉が返って来た。こういう店での定番のやり取りである。「良い買い物ができた。また機会があれば寄らせてもらうよ」「おう、気を付けて行ってきな」







